普段から忙しい外来の空気は、ある日突然、張り詰めたものに変わりました。
◆ 突然の「異変」:迫り来る時間との戦い
来院されたのは20代の女性。「急に見づらくなった」という訴えに、私はすぐに緊急性を察知しました。
検査の結果、診断は「網膜剥離」。視力予後を大きく左右する疾患で、治療はまさに分刻みの勝負です。
しかし、その日のうちに当院で緊急手術を行う体制は整っていませんでした。
「患者さんの未来の視力を守る」——この一点だけを胸に、私は即断を迫られました。
◆ 光のバトン:東大病院への緊急紹介
最善の選択は、大病院での即時手術。幸いにも出身先である東大病院との連携が可能でした。
状況を伝えると、すぐに手術枠を確保してくださり、患者さんにも急いで向かっていただくことを丁寧に、しかし力強くお伝えしました。
「いま、この瞬間の判断が、未来の見え方を決めます。どうか信じて向かってください。」
その後、無事に手術が成功したという報せを受けたとき、胸の奥に大きな安堵が広がりました。
◆ 半年後の温かいサプライズ:最高の報酬
そして約半年後、季節が変わった穏やかな午後、彼女が笑顔で当院を訪ねてきてくれました。
「先生、あの時は本当にありがとうございました。今は不自由なく過ごせています。」
こちらで手術をしたわけではありません。それでも「迅速な判断とつないでくれたご縁のおかげで日常が戻った」と、時間を経て伝えに来てくださったのです。
時間が流れ、落ち着いた今だからこそこぼれた“本音の安堵”。
その思いが込められた一言に胸が熱くなり、「患者さんの未来を守る」という私たちの使命が、確かに届いたという証となりました。
◆ 未来へ続く光
あの時、ひとりの若い患者さんの「これからの人生」がしっかりと続いていることが感じられ、言葉にならない喜びがありました。
医療は、決してひとりでは完結しません。
患者さんの勇気、連携先の迅速な対応、そして私たちの判断。そのすべてが一つにつながったとき、人の未来に光を届けることができます。
あの日託した光のバトンは、確かに次の未来へ渡されました。
そしてその小さな奇跡の証を再び手にした瞬間、こう思いました。
——これほど医者冥利に尽きる出来事はありません。
理事長 今野 泰宏

